「宍戸さん…。」
長太郎が俺を抱きしめてくる。
別に珍しくもなんともないこの光景。
■甘い香り(宍ちょ)■
俺よりもデカイ身体をしている割には頻繁に抱きついてくる長太郎。
抱きつかれた瞬間にほんのりと甘い香りがする。
この行動が習慣になってから気がついた。
ほんのりと香るあの匂いは長太郎の匂いなんだ、ということに。
よく使われている、スプレーや香水とかの人工的な臭いじゃなく自然な香り。
あの一瞬が心地よくて俺も長太郎が抱きついてくるのを簡単に許してしまっていた。
「……。」
いつもなら抱きつくのをやめ恥ずかしそうにする
長太郎が見れてもいいはずなのに
何故か今日はいつもより長く抱きつかれている。
長太郎?と一、二回名前を呼ぶが長太郎は黙りきったままだった。
「どうした?誰かになんか言われたのか?」
俺がそう聞くと長太郎は首を横に振る。
その首を振る動作さえも今はとても弱々しく見えた。
下級生や上級生から人気のある長太郎は周りから好かれると同時に
いじめの対象にもなりやすかった。
長太郎が正レギュラーになれて一週間もしない間に
2年のテニス部の奴らが長太郎をいじめていた。
最初は跡部が長太郎の異変に気がついたが
長太郎は自分がいじめにあっていない素振りをみせ俺達に嘘をついた。
何故嘘をつくのかと言うと、そいつ等に口止めをされていたらしい。
長太郎もそれを守り抜き俺達には何一ついじめのことを言わなかった。
長太郎と同級生の樺地と日吉だった。
日吉が過去から現在まで何をされたかを詳しく教えてくれ
樺地がそのグループのメンバーを調べていた。
それを知った俺達が行動をとったのだ。
もちろんその後は長太郎に向けてのいじめはなくなった。
そいつ等も全員退部をさせ跡部達や俺の力で
長太郎へのいじめが復旧しないように見張っている。
「じゃあ、何があったんだよ?言ってみろよ。」
短気な俺は出来るだけ怒って怖がらせないように、優しく話しかけてやる。
すると長太郎が
「……宍戸さん。」
やっと自分から俺に話しかけてきた。
「どうした?」
「……寂しかった…。」
本当に小さな声で告げられた。
(…寂しかった…?)
一体何に寂しかったのだろうと心の中で考える。
さっきまでは日吉が一緒に居たはずだ。
「し…しどさんに、あえなかったからっ…。」
気がつけば長太郎の声は震えていた。
そんな長太郎を慰めるように俺は背中を優しく叩く。
「俺も長太郎が傍に居ないと寂しいぜ?」
「ほんとっ…?」
長太郎が一旦離れて俺の顔を見た。
鼻の頭や目元を真っ赤にしながら俺の方じっとみてくる。
きっと、さっき言った俺の言葉が信じられないのだろう。
そんな長太郎に、にっと笑顔を向けて片手で頭を撫でながら俺は
「ばーか、俺は嘘ついたりしねえよ。」
そういって今度は俺の方から長太郎をしっかりと抱きしめた。
その瞬間にもまた甘い香りがした。